【 HAPPY BEGINNING 】
今宵は満月―多くの恋人達もこの時間、あの二つの月の様に睦まじく過ごしている事だろう。
だが、目の前の恋人は自分を置いて今正に一人で行かんとしている。信じられなかった、お互いの想いは同じだと、だからこそ、自分は生きて帰って来たのだと思っていた。
それなのに・・・?
「・・・」
「ベアトリクス、何か深い理由があるのであろう?自分にだけは教えて欲しいのである!」
「・・・スタイナー・・・」
何て真っ直ぐな瞳なのだろう。
彼の顔は強い意思に満ちて、揺らぐ事など決してないように見える。
お願いです、そんな風に私を見ないで。
切ない程伝わってくる貴方のひたむきな想い・・・それはアレクサンドリアを去ると決めた決心までも鈍らせてしまいそうになる。
けれど・・・。
「私には・・・拭いきれない罪があるのです」
「ベアトリクス?」
「私は、ひたすらアレクサンドリアへの忠義からと言え・・・」
指先に力を入れた時、不意に赤い色が目に飛び込んで来た。最後に手入れしたのはいつの事だったろう、今ではすっかり根元が見えてしまっている。
「結果として次期女王陛下にあらせられるガーネット様の・・・お命を危うくさせたのですよ・・・」
「・・・し、しかし、その後で姫様を救ったのもまた事実ではないか!」
「それに・・・ブラネ様・・・」
「・・・!」
ベアトリクスは請うようなスタイナーの視線を避ける様に背を向け、腕を組んだ。
「私はずっと考えていました・・・騎士たるもの、主君の過ちを目にしてもただただ忠実たるべきなのか?謀反とみなされても苦言を呈するべきなのか?」
「ベアトリクス・・・」
「・・・ふっ、今更こんな事で悩むなど・・・やはり私に聖騎士の資格は無いようですね」
自嘲気味に笑いながらベアトリクスは髪の毛をかきあげる、その横顔には今まで密かに抱え込んで来たものが影を落としていた。
「・・・それでも・・・私がもっと早く考えを巡らせていれば、あるいは・・・」
ブラネ女王の暴走も止められたのではないか―と、ベアトリクスは密かに自責の念にかられていたのである。
それでも破壊されたアレクサンドリアの事もあり今迄止まっていたが・・・。
「姫様がご無事にお帰りになられた今、私の役目は終わりました」
ベアトリクスは憂いに帯びた長い睫毛を閉じる。
「後はスタイナー、貴方がいてくれれば・・・」
「・・・違うのである!」
その口調の強さに驚いて振り返ると、スタイナーは力強い足取りで彼女の側へとやって来た。
「スタイナー?」
少しの間躊躇はしたものの、やがて意を決しスタイナーは彼女を真正面から見つめる。
「ベアトリクス、自分も・・・ブラネ様の事ではやはり悔いていたのである・・・」
その言葉に愕然とするベアトリクス。
「スタイナー!?あなたも・・・そうだったのですか?」
「・・・うむ」
彼の少し悲しみに縁取られた瞳に嘘は無かった。
「自分がもっとしっかりしていれば・・・ブラネ様をお救い出来たのではないか?アレクサンドリアの現状を回避出来たのではないか?・・・何度そんな風に思ったか知れぬ・・・」
ぐっと力を込められた拳に表れた彼の無念さ、それはベアトリクスにも自分の事の様に痛々しく感じられた。そうだ、何も私だけではない・・・同じ主君に仕える、忠誠心と正義感の固まりの彼がその事で思い至らないわけが無かったのに。
「しかしベアトリクス・・・自分は今回の旅で、少しだけ学んだ事があるのだ・・・」
スタイナーは最後の戦いの時の事を思い出していた。辛く激しく、永久に続くような戦いの中・・・こちらはとうに体力も気力も尽きてぼろぼろだった。それなのに敵は倒れる気配すらなく、あまりに強大であった。そして押し寄せる絶望感・・・。
「自分はこの程度なのか、何とちっぽけで無力な存在なのかと、その場に崩れ落ちそうであった。
もし自分一人だけなら・・・あの戦いは負けていたのであろう。しかし・・・傷を受ければ姫様が癒してくださり・・・その姫様の心をジタンが支え・・・、それに他の仲間達も、シド大公もタンタウロスも・・・それに自分には・・・何よりベアトリクスが大きな支えとなっていたのである・・・」
何か大きなものに突き動かされている様に語るスタイナー。無論こんな彼は見た事が無く、ベアトリクスも驚きのせいなのか瞬き一つせず聞き入っている。
「・・・上手く言えないのであるが・・・この世に完璧な者などいないのである・・・。
人間一人が出来る事など本当にわずかなのである・・・。
一人で無理な事なら二人でやれば良い、二人でだめなら三人・・・!
四人、五人、六人、七人、八人!・・・!」
そこでようやくスタイナーは一呼吸置いた、そして今度はベアトリクスをしっかり見つめる。
「ベアトリクス・・・ベアトリクスが悩んでいる事は騎士ならばこそ、なのである。そしてそれはあまりに難しくて・・・答えなどすぐに出せないかもしれないのである。ならば自分と・・・自分と二人で一緒に考えていかぬか?お前の悩みは自分の悩みなのである!もう一人で辛い思いをしないでほしいのである!・・・である・・・あるから・・・つ、つまり・・・」
自分一人で喋っていた事に気づいて、今更だがスタイナーは猛烈に恥ずかしさを感じていた、しかしそんな彼を見つめる彼女の顔に表れていたものは。
「スタイナー・・・貴方は何と言う人なのでしょう」
「む・・・むっ?」
「大きな試練を乗り越えてきた者だけが得られる、強さと優しさ・・・。それに比べて私は何を思い上がっていたのか・・・」
「・・・ベアトリクス」
「私は傲慢でした・・・何もかも自分だけで考えて、出て行こうなどと・・・」
「ベアトリクス・・・」
「・・・スタイナー」
どちらからともなく伸びてそっと触れ合う指先、それだけでもベアトリクスには彼の暖かさが伝わって来る様だった。
「私は一人では無い・・・そんな大切な事にも気づかなかったなんて、やはりまだまだ未熟な様ですね?また一から修行し直さなければ・・・。スタイナー、貴方にも教えて頂く事がきっとたくさんあるでしょう、よろしくお願いします」
「いや、こ、こちらこそ、である・・・」
吹っ切れたかの様に晴々とした顔のベアトリクスに、彼はほっとしていた。
ベアトリクス・・・・お前を失わずに済んだのである、良かったのである・・・スタイナーは涙が出そうになり、慌てて堪えるのだった。
「・・・月が高くなりましたね」
そんな彼に気づかないベアトリクス。
「う、うむ・・・夜も更けた様であるな」
照れ隠しに自分も夜空を見上げるスタイナー。
雲一つ無い夜空に冴え渡る月、濃厚で少し冷やりとした空気、そして皆寝静まったかの様に静かなアレクサンドリア城。スタイナーとベアトリクスは寄り添いながらしばし沈黙する・・・そう言えばこんな風に二人きりで時間を過ごすなど、初めてではないだろうか?
その時はたと、彼は思いたった。
―今だ、ついに来た、と。
「夜風がとても気持ちいい・・・」
「ベ、べア、ベアトリクス!」
「はい?」
両手でギュッと彼女の手を握り締めるスタイナー、その表情は真剣そのものだった。
「スタイナー?」
「!・・・!!」
いっ・・・いかん、落ち着け!さっきの雄弁な自分はどこに言ったのだ!?
だがスタイナーの口はぱくぱくとしか開かず、まるで酸欠の魚の様である。
(く〜っ!何てふがいないのだ自分は・・・!情けないのである・・・!!)
しかしベアトリクスは決して笑わなかった、それどころか静かな眼差しで待ってくれていた。
そうだ、彼女はこんな事で自分を軽蔑する様な女ではないのである。
大丈夫・・・落ち着くのである!スタイナーは大きく深呼吸をした。
「ベアトリクス・・・、あ、あの時・・・自分達が再び生きて会えた時にと誓った事・・・覚えているか?」
「ええ、もちろん。一日とて忘れた事など・・・ありません」
思わず俯いた彼女だが、頬がほんのり赤く染まっていた。
「今こそ・・・約束を果たす時が、き、来たのである・・・」
どきん、とベアトリクスの胸が高鳴る。
あれから・・・そう、あれからずっと気になっていた。
彼が私に何を言おうとしたのか考える度に、私の心は初恋を知った時の様に震えて・・・。
「ベアトリクス・・・自分とその・・・自分・・・自分のっ・・・!・・・!」
彼女の視線にしどろもどろになるスタイナーだったが。
「・・・・・・妻に、なってほしい・・・・・・」
「・・・!」
ベアトリクスの顔に驚愕の表情を見た瞬間、スタイナーの額はドッと汗が噴き出していた。
頑固一徹と言って良い程真面目に生きてきたスタイナーにとって、男女の付き合いとはすなわち結婚へ結びつく厳かなものに他ならない。ましてや愛する女性へ真心を示すとなればこれ以外の告白は考えられなかった。・・・とは言えいきなり求婚、は性急過ぎただろうか?
―だがベアトリクスが口にしたのは、彼の危惧とは別のものだったのである。
「スタイナー・・・私は・・・私でよいのですか・・・?」
愛しさゆえに・・・それはどんなに自信に満ち溢れた女性であろうとも、その時が来れば必ず訪れるためらいであった。
「もちろんである!自分はベアトリクスでなくてはだめなのである!」
ああ、もっと自分の気持ちを上手く伝えられたら・・・。
アレクサンドリアの城下町で離れ離れになってしまってから、どんなに辛く、そして会いたかったか。イーファの樹の前でレッドローズで自分を守ってくれた時、感動と同時にどれほど心配したか。
元はと言えばエーコの手紙の勘違いから始まった恋ではあるが、今はきっかけを作ってくれた事に感謝してもしきれない位である事も。はちきれんばかりのこの想い・・・とは言え自分は無骨な男、ジタンの様に婦人が喜ぶような話し方は到底出来ぬ・・・。
だが、次の瞬間――
「スタイナー・・・」
気が付いた時、ベアトリクスはスタイナーの胸に身を預けていた。
「べ、ベアトリクス・・・!?」
「嬉しいのです、とても・・・」
鎧越しでも分かる彼女の香りと柔らかい感触につい赤くなる。
「あ、その、ベア・・・」
「・・・」
「・・・!?」
スタイナーは彼女の頬をつたうものに気が付いた。
「ベアトリクス・・・」
愛する女が涙を流していたら、一体男はどうすれば良いのか?スタイナーは途方に暮れた。
・・・が、やがて自分に出来る事はこれしかないと思い、彼はぎこちなくもベアトリクスをそっと抱きしめた。そして願いを込めながら、壊れやすい宝物の様に彼女の髪を撫でるのだった。そんなスタイナーの腕の中でベアトリクスは目を閉じていた。髪に、全身に感じる彼の大きさ・・・その心地よさに包まれ、彼女はやっと口を開く。
「私・・・自分が殿方の胸で泣く女とは思っていませんでした・・・」
「そ、そんな事ないのである・・・!ベアトリクスは強く、美しく、気高く、そして可愛いのである!」
「・・・」
ようやく顔を上げるベアトリクス、その涙に光った隻眼はただ一人の男を捉えていた。
「スタイナー、貴方の気持ちに私も答えたい・・・」
今度はベアトリクスの方から手を握る。
「ベアトリクス・・・」
ああ、何と美しいのだ・・・熱に浮かされたようにスタイナーは目の前の彼女を見つめる。
「スタイナー、私はこれからも貴方と同じくアレクサンドリアの騎士として、姫様を共にお守りし・・・」
「と、共に・・・」
「そして貴方の妻として・・・共に生きます」
「共に・・・生きると・・・」
「スタイナー、貴方と・・・いつまでも・・・」
「ベアトリクス・・・う、嬉しいのである・・・!」
そのまま、しっかりと抱き合う二人。
愛する人が側にいてくれる、他の誰でもなくこの人しかいないのだと、心に誓える人が。
ベアトリクスは勿論の事、スタイナーは更に感極まっていた。
や、やった!やったのであるー!感激であるー!
・・・が、待つのである。
「・・・?どうしました?」
「ベアトリクス、そ、その・・・」
しまったと言う顔でスタイナーは兜越しに頭を掻く。
「本当は・・・こんな場合は自分も花束やプレゼントを用意するつもりでいたのである。
それなのについ先に言ってしまった・・・すまなかったので・・・!?」
その時ベアトリクスの指がスタイナーの口を優しく押さえていた。
「もう貴方はくれたではありませんか?」
「む、む・・・?」
目をぱちくりするスタイナー。
「とても・・・大切なものを」
そう言いながらそっと唇を重ねるベアトリクス。
「!・・!?」
真っ赤な顔で固まるスタイナー。
すぐ離れはしたものの、その様子にベアトリクスは心配そうな顔になる。
「私・・・はしたなかったでしょうか?」
「そ、そそ、そんな事ない、ので、あああ、ある!」
彼は真っ赤になりながら首を横にぶんぶん振っていた。
「ではスタイナー?」
ベアトリクスが微笑む。
「今度は、貴方から」
アレクサンドリア一誠実な男の瞳には、鮮やかに咲く大輪の薔薇が映っていた。
[ END ]